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東京高等裁判所 昭和47年(う)3171号 判決 1973年10月11日

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中二七〇日を原判決の本刑に算入する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

弁護人の控訴趣意第二点(事実誤認)並びに被告人の控訴趣意第一点(法令解釈の誤り)および同第二点(事実誤認)について。

原判示事実は、原判決のかかげる証拠により十分に認めることができ、記録および証拠物を精査し、かつ、当審の事実取調べの結果に徴しても、原判決の事実認定に判決に影響を及ぼすことの明らかな誤認があるとは考えられない。また法令の解釈適用にも誤りがない。以下各論点ごとに判断する。

(一)  所論は、原判決は、本件爆弾の内容物、構造、発火装置等を、鑑定人和田健雄他一名作成の回答書謄本(以下和田鑑定書という。)、および鑑定人荻原嘉光作成の回答書謄本(以下荻原鑑定書という。)、によつて認定したが、これらの鑑定書は、被告人の使用した爆弾とすりかわつた他の爆弾について鑑定した疑いがあり、結局原判決は証拠によらないで爆発物と認定した誤りがあるという。

しかし、関係証拠、殊に河内恭一の検察官に対する供述調書謄本、司法警察員小林慶一郎作成の実況見分調書謄本、同人作成の「爆発物鑑定処分にともなう見分状況について」と題する書面(以下小林報告書という)、和田鑑定書、原審公判廷における和田健雄の供述を総合し、当審における同人の尋問の結果に徴すると、被告人が原判示日時に原判示派出所裏に設置した爆弾は、当日午後一一時五〇分ころ河内巡査によつて発見され、現場でタイヤ、砂袋等により安全化装置が施されたこと、その後板橋警察署に搬送され、翌二四日午後二時ころ同所で水没処理後四八時間を経て、和田健雄の手で解体されたこと、その後直ちに警視庁科学検査所にはこばれて厳重に保管されていたこと、ついで同人らによつて同爆弾の構造、内容物等が鑑定されたことが明らかであり、その間に、これが他の爆弾とすりかえられ、あるいはとりちがえられた可能性があつたとは到底考えられない。所論が爆弾の同一性を争う根拠として指摘する二点について検討すると、(1)小林報告書と和田鑑定書とでは、爆弾の内容物の重量・形状に相違があるという点は、小林報告書が爆弾の内容物に水が入りこんで重量が増加し、水溶化した、水没処理直後の爆弾の見分状況に関するものであるのに対し、和田鑑定書は、それから相当日時を経過し、水分が蒸発し、薬品が固形結晶化したそれの見分を記載した結果であるからであると考えられる。また(2)本件爆弾は、同一機会に製作された他の爆弾と、内容物の種類、重量において差異があり、これは、製作者鴉沢善郎が、各爆弾は総て同一の爆薬を用いて製作した旨述べていることと明らかに矛盾するという点は、同人が爆弾のいわゆるうなぎの部分(濃硫酸を起爆薬に到達させるためのプラスチック管)の製作に関与しただけで、爆薬の調達・調合などには一切関係していないと認められる状況にかんがみ、別に問題ないと思われる。論旨は理由がない。

(二)  所論は、また、原判決は、本件爆弾の威力を、新桐ダイナマイトに換算して約七五グラムの爆発効果をもつ爆発物と説示しているが、これは本件爆弾の起爆エネルギーを工業雷管程度と仮定し、これに基いて本件爆弾の威力を認定したもので、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であるという。

しかし、荻原鑑定書および荻原の原審公判における供述を総合すれば、同人は本件爆弾の起爆薬が爆発性の著しい雷汞と塩素酸カリウムの混合物で、これに濃硫酸が接触すると直ちに化合発火し、短時間の爆燃を経て、爆轟に移行することなどを鑑定し、鑑定人としての学識経験上、起爆薬が「工業用雷管程度の起爆エネルギーを有している」と仮定して爆弾の威力を推定しても結論において誤りがないとの見解のもとに、その威力を新桐ダイナマイトに換算して約七五グラムの効果をもつと鑑定したものと解される。そして右鑑定の結果は、当審における同人作成の回答書および同人の公判供述によつて、ほぼ間違いなかつたことが裏付けられたものと認められる。したがつて、原判決には、爆発物の認定について、所論のような誤りがあるとは考えられない。論旨は理由がない。

(三)  所論は、さらに、本件爆弾は、起爆装置に構造上の欠陥があり、起爆装置としての作用を果し得なかつたものであるから、爆発物にあたらないと主張する。

関係証拠によれば、本件爆弾の時限発火装置は、スポイトの頭部に濃硫酸を入れ、これに化繊綿を詰めたビニール管を接続し、その末端に起爆薬を包んだポリエチレン皮膜を結びつけたもので、スポイトの頭部の上方を切断することにより濃硫酸がビニール管の化繊綿を伝わつて落下し、末端の起爆薬に到達する構造となつていたこと、ところが本件爆弾は、一時間ないし一時間半で爆発するよう装置されていたのに、設置後水没処理されるまでの十数時間のうちには爆発を起さなかつたこと、その原因としては、何らかの理由で、スポイト内の濃硫酸が右の時間内に起爆薬にまで到達しえなかつたことによることをそれぞれ認めることができる。しかし、原判決のかかげる証拠によると、本件爆弾は、直ちに爆弾として使用できるように完成されたもので、その核心である起爆装置(時限発火装置)にも別に不合理な点はないと認められる。しかも当審における事実調べの結果、すなわち本件起爆装置とほぼ同様のそれを作つて試みた硫酸の落下状況に関する和田健雄の実験結果とこれに関する同人の公判供述に徴すれば、実験例二一例中一九例が硫酸の落下をみ(同人作成の昭和四八年五月二二日付報告書)、また柴田俊忍他二名による実験結果に徴すると、プラスチック管の一端が完全に密封されている場合、同管内の化繊綿が連続していない場合、スポイトの口が接着剤、ゴミなどで蓋された状態になつている場合、または硫酸の量が少ない(約二CC以下の場合)場合には、硫酸が完全に流下せず、したがつて爆発を生じえないことがあるが、そのような特別の事情がなければ硫酸は起爆薬に到達すると認められる(同人ら作成の「スポイト式手製鉄パイプ爆弾の不発生に関して」と題する書面)。以上の事実および本件爆弾と同一人によつて製作され、ほぼ同様の構造を有するとみられる爆弾が本件の約一か月前警視庁第四機動隊「猶興寮」玄関に仕掛けられ爆破に成功している事実(コンクリート製水槽が幅約七一センチ高さ約四二センチにわたつて破壊される等、破壊力は相当はげしい。昭和四六年九月二六日付実況見分調書参照)に徴すると、本件爆弾の起爆装置は、スポイト内の濃硫酸を、スポイトの先端部分を切除することによつてビニール管内の化繊綿に落下侵透させ、起爆薬に到達させるという根本的な構造のうえでは格別の欠陥はなく、爆発を惹起する相当高度の危険性をもつていたものと認められる。本件爆弾が前記いずれの原因によって爆発しなかったかは明らかでない(本件については、設置の際一度倒れたので、その際硫酸がこぼれ、このため爆発に至らなかつた疑いもある)。しかし、爆発物取締罰則の趣旨・目的にかんがみると、同罰則一条にいう爆発物とは、直ちに爆発物として使用できるよう完成されたものでなければならないが、たまたまこれに多少欠陥があり爆発しえない場合でも、その欠陥が根本的構造上のものでなく、操作をあやまるなどしないかぎり、爆発する相当高度の危険性をもつと認められるものであれば足りると解されるから、前記のような構造を有する本件爆弾は、同条の爆発物に当ると認めるのが相当である。弁護人引用のラムネ弾に関する昭和三八年一月一七日付最高裁判決(原審福岡高裁昭和三六年八月三一日)は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は理由がない。

(四)  所論は、なお、原判決は、被告人には、治安を妨げ、人の身体、財産を害する目的がなかつたのに、これを認めた点で、判決に影響を及ぼす事実誤認がある旨主張するが、記録によれば、この点につき原判決が示した判断は正当と思われるから、論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点(量刑不当)について。

記録によれば、本件は、過激政治組織である共産同RGに所属する被告人が、同組織の計画した都内数ケ所の警察官派出所に一斉に時限爆弾を設置して爆破させ、社会不安を惹起しようという戦術に加わり、本件爆弾設置の責任者となつて、これを本件派出所裏に設置したという事案であり、右犯行の罪質、態様、目的、動機、本件爆弾の破壊力、地方の人心に与えた不安と衝撃、被告人の果した役割等に照らし、被告人の刑事責任はきわめて重大であり、被告人に前科がないこと、幸い爆弾が不発に終わつたことその他所論指摘の被告人に有利な事情を十分斟酌しても、原判決の量刑は相当であり、不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

そこで刑訴法三九六条、刑法二一条、刑訴法一八一条一項本文に則り、主文のとおり判決する。

(横川敏雄 中島卓児 斎藤精一)

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